根拠や経緯のないファッション右翼より、トラディショナルな左翼にシンパシーがある。 って、ふっと、思ったので書いてみる。 明治維新以降の国家を愛している人になんら共感を覚えず、そして、近年、そんな歴史的な経緯に関わりもなく、突然右翼になった人に興味も沸かず、、、しかし、身の回りの諸先輩はノンセクトラジカルを中心に、解放派だったり、第なんセクターだったりする輝かしい歴史の残り香みたいな人たちがいる。 僕は一切のセクトやファッション右派の文脈にはいないで、10代から生きてきている。 これは、1966年辺り生れの「普通」なんだと思う。 僕の判断基準は、10代の時に遭遇した、金曜11PMでの大橋巨泉だったり、小岩図書館の蔵書やレコードだったりするんだろう。また、20代にイエズス会のやってる大学系列の専門学校に行って、拍車はかかったのだろう。 さて、僕は、あまり頭が良くない。 たまに「いや、君は頭はいいんだ」って、ありがたいことを言ってくれるインテリもいるが、まあ、勘違い。 ある区議会議員が「中村君は、ああみえてインテリだから質が悪い」って言ってくれたらしいが、いや、、、インテリじゃないな。 話は変わって。 僕は多分、能力主義なんだと思う。 能力とはなんだろうか? 頭がいいこと? 身体が強いこと? 金を持っていること? それも、そうだろう。 しかし、それは原因でしかない。 結果、状況にイニシアチブをもち、自己達成感を味わえること、 イニシアチブはもてなくても、結果に対して納得できること。 僕らは「なに」を求めて生きているのだろう。 プロセスなのか?結果なのか? 結果が好きな人が増えたなって思う。 一昔前は、プロセスが好きな人が溢れていた。 自分にとって都合のイイ、結果を前提としたプロセスを求める人が沢山いた。 ウンザリだ。 最近は、自分にとって都合のイイ、プロセスを求めながら、結果を評価する人が増えた。 これもウンザリだ。 さて、僕はトラディショナルな左翼にシンパシーがあると書いたが、実際には50年生きてきて ・赤旗の勧誘を受けたのは1度しかない(T_T) ・創価学会の折伏を受けたのも1度しかない(T_T) えっ、学会って反対体制だから左翼でしょ? ちなみに、どう
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